定常状態の場合、シュレディンガー方程式は以下の形に帰着される。 \begin{equation} \label{time-independent} \left( -\frac{\hbar^2}{2m} \frac{d^2}{d x^2}+V(x) \right) \phi (x)=E \phi (x) \end{equation} これを時間に依存しないシュレディンガー方程式と呼ぶ。ただし、右辺の \(E\)はエネルギーを表す。
時間変化を起こさない安定な状態を定常状態と呼びますが、定常状態の場合の シュレディンガー方程式は(\ref{time-independent})式で表されます。量子力学では実用上、もとのシュレディンガー方程式 よりもこちらの形をよく使います。
ちなみに、 \begin{equation} \hat{H} = -\frac{\hbar^2}{2m} \frac{\partial^2}{\partial x^2}+V(x) \end{equation} のように記号\(\hat{H}\)を導入すると(微分を含むことを強調するために\(H\)の上に\(\hat{}\)をつけた。)、(\ref{time-independent})式は \begin{equation} \hat{H} \psi (x) = E \phi(x) \end{equation} とシンプルに表せます。この\(\hat{H}\)をハミルトニアンと呼びます。名前の由来は解析力学のハミルトニアンです。
ここでは、前回紹介したシュレディンガー方程式 \begin{equation} \label{Schrodinger} i \hbar \frac{\partial}{\partial t} \psi (x,t)=\left(-\frac{\hbar^2}{2m} \frac{\partial^2}{\partial x^2}+V(x) \right)\psi (x,t) \end{equation} から出発して時間に依存しない表式(\ref{time-independent})式を導きます。 途中、変数分離と呼ばれるテクニックを使いますが、その意味や利点などは下のセクションで説明します。
まず、シュレディンガー方程式(\ref{Schrodinger})式の解\(\psi(x,t)\)が \begin{equation} \label{separation} \psi(x,t) = f(t)\phi(x) \end{equation} のように書ける特別な場合を考える。このような解を変数分離解と呼ぶ。 後述するように、この形の解は、系が安定な状態(定常状態)にある場合に相当する。
(\ref{separation})式をシュレディンガー方程式(\ref{Schrodinger})式に代入する。 \(f(t)\)は空間微分\(\frac{\partial^2}{\partial x^2}\)を貫通でき、\(\phi(x)\)は時間微分 \( \frac{\partial}{\partial t} \)を貫通できるため \begin{equation} i \hbar \phi(x) \frac{\partial}{\partial t} f(t)=f(t)\left(-\frac{\hbar^2}{2m} \frac{\partial^2}{\partial x^2}+V(x) \right)\phi (x) \end{equation} のように変形できて、さらに両辺を\(f(t)\phi(x)\)で割ると、 \begin{equation} i \hbar \frac{1}{f(t)} \frac{d}{dt} f(t)=\frac{1}{\phi(x)}\left(-\frac{\hbar^2}{2m} \frac{d^2}{d x^2}+V(x) \right)\phi (x) \end{equation} の形に帰着できる。(ただし、1変数関数の偏微分は微分に書き換えた。)
今、各辺に注目すると、左辺は\(t\)のみの関数、右辺は\(x\)のみの 関数になっている。よって、両辺が矛盾しないためには、各辺が\(t\)及び\(x\)に依存 しない定数である必要がある。この定数を\(E\)と置くと、 \begin{eqnarray} &&i \hbar \frac{1}{f(t)} \frac{d}{dt} f(t) = E \\ &&\frac{1}{\phi(x)}\left(-\frac{\hbar^2}{2m} \frac{d^2}{d x^2}+V(x) \right)\phi (x) =E \end{eqnarray} のように微分方程式を時間微分のみの微分方程式と、空間微分のみの微分方程式に分割できる。 このテクニックを変数分離と呼ぶ。
空間微分のみを含む方程式について、\(\phi(x)\)を両辺にかければ 速やかに \begin{equation} \left( -\frac{\hbar^2}{2m} \frac{d^2}{d x^2}+V(x) \right) \phi (x)=E \phi (x) \tag{\ref{time-independent}} \end{equation} が成り立つことが分かる。
ちなみに、時間微分のみを含む部分については \begin{equation} \label{time-dependent} i \hbar \frac{d}{dt} f(t) = E f(t) \end{equation} に帰着される。
変数分離解という特殊な形の解を考えることで、もともとのシュレーディンガー方程式(\ref{Schrodinger})式を二つの微分方程式 (\ref{time-independent})式と(\ref{time-dependent})式に分解できました。それぞれの解\(\phi(x)\)、\(f(t)\) が得られると、(\ref{separation})式より \begin{equation} \psi(x,t) = f(t)\phi(x) \end{equation} は、もともとのシュレーディンガー方程式(\ref{Schrodinger})式の解になっています。この解は一般解ではありませんが、後述するように 物理的には重要な意味を持ちます。
途中で導出した定数\(E\)も、状態のエネルギーという重要な物理的意味を持ちます。 この点についても下のセクションで説明します。
シュレーディンガー方程式(\ref{Schrodinger})の変数分離解\(\psi(x,t) = f(t)\phi(x)\)
は、次の二つの特徴を持つ。
(i)エネルギーが時間的に一定
(ii)確率密度が時間変化しない
ゆえに、変数分離解は時間的に安定な状態、即ち定常状態を表す。
ここでは、変数分離解の物理的意味について考えます。結論からいうと、 変数分離解は時間的に安定な状態を表します。その根拠が上に挙げた 二つの特徴です。以下、一つずつ確認していきましょう。
時間に依存しないシュレーディンガー方程式(\ref{time-independent})の右辺 に出てくる\(E\)は変数分離解\(\psi(x,t) = f(t)\phi(x)\)のエネルギーと解釈できる。 また、このエネルギーは時間的に一定(保存する)。 \begin{equation} \label{conservation} \frac{d E}{dt} = 0 \end{equation}
上の導出において、途中で導入した\(E\)ですが、これは状態\(\psi(x,t) = f(t)\phi(x)\)のエネルギーと解釈されます。 このエネルギーが時間的に一定であるため変数分離解\(\psi(x,t) = f(t)\phi(x)\)は定常状態と解釈できます。
変数分離したシュレディンガー方程式のうち、時間微分のみを含む方程式
\begin{equation}
i \hbar \frac{d}{dt} f(t) = E f(t) \tag{\ref{time-dependent}}
\end{equation}
は一階の微分方程式だから、簡単に解の形を予想できる。
実際、(\ref{time-dependent})式
の解は
\begin{equation}
\label{sol}
f(t) = e^{-i \omega t}
\end{equation}
(ただし\(\omega\)は適当な振動数)の形である。代入すると
\begin{equation}
\label{rel}
\hbar \omega = E
\end{equation}
が成り立つとき、(\ref{sol})式は(\ref{time-dependent})式の解になっていることがわかる。
この(\ref{rel})式は物質波におけるエネルギーと振動数の 関係式にほかならず、\(E\)が変数分離解\(\psi(x,t) = f(t)\phi(x)\)のエネルギーに 対応していることがわかる。
また、\(E\)は(\ref{time-independent})式の導出でも述べたように、 \(x\)および\(t\)に依存しないただの定数だったので、 \begin{equation} \frac{d E}{dt} = 0 \tag{\ref{conservation}} \end{equation} が成り立ち、エネルギーが確かに保存していることが確認できた。
別の考え方として、\(\phi(x)\)がエネルギー固有状態であることを理解すると、\(E\)がエネルギーを意味することは 明らかです。これについては後ほど。
実は\(\psi(x,t) = f(t)\phi(x)\)はエネルギー以外にも、確率密度も時間に依存しません。
変数分離解\(\psi(x,t) = f(t)\phi(x)\)の確率密度\(|\psi(x,t)|^2\)は\(x\)にのみ依存し、 時間\(t\)には依存しない。 \begin{equation} \label{conservation2} \frac{d }{dt} |\psi(x,t)|^2= 0 \end{equation}
変数分離解が定常状態と解釈できる第二の理由がこれです。積分して確率になるようなものを確率密度 と呼びますが、\(\psi(x,t) = f(t)\phi(x)\)の形の解はこれが時間的に一定であるため、安定な状態をあらわして いることがわかります。
変数分離したシュレディンガー方程式のうち、時間微分のみを含む方程式 \begin{equation} i \hbar \frac{d}{dt} f(t) = E f(t) \tag{\ref{time-dependent}} \end{equation} の一般解は\(C\)を定数として \begin{equation} f(t) = C e^{-i \frac{E}{\hbar} t} \end{equation} である。また、\(\phi(x)\)を(\ref{time-independent})式の解とする。 定数係数は規格化条件によって決まるので、これを\(N\)としておく。このもとで 変数分離解は \begin{equation} \psi(x,t) = N \phi(x) e^{-i \frac{E}{\hbar} t} \end{equation} とあらわせる。これの絶対値の二乗をとると明らかなように、 \begin{equation} \label{absq} |\psi(x,t)|^2 = N^2 |\phi(x)|^2 \end{equation} であるため、\(|\psi(x,t)|^2\)は時間によらず、 \begin{equation} \frac{d }{dt} |\psi(x,t)|^2= 0 \tag{\ref{conservation2}} \end{equation}
時間に依存しないシュレーディンガー方程式 \begin{equation} \left( -\frac{\hbar^2}{2m} \frac{d^2}{d x^2}+V(x) \right) \phi (x)=E \phi (x) \tag{\ref{time-independent}} \end{equation} の解\(\phi (x)\)をエネルギー固有状態と呼び、\(E\)をエネルギー固有値と呼ぶ。
前回、固有値と固有状態について触れました。(\ref{time-independent})式は \(\hat{H}=-\frac{\hbar^2}{2m} \frac{\partial^2}{\partial x^2}+V(x) \)と置くと、 \begin{equation} \hat{H} \phi (x) = E \phi(x) \end{equation} と書けますが、これは正に\( \phi (x)\)が\(\hat{H}\)の固有状態であり、\(E\)がその固有値であることを表しています。 つまり、状態\(\phi (x)\)に対し、エネルギーを測定したとき、その値が一意に\(E\)に決まることを表します。 \(E\)の値は、考える\(V(x)\)の形や、固有状態\(\phi (x)\)によって様々です。
これを踏まえると、\(E\)がエネルギーを表すことは明らかですね。
時間に依存しないシュレーディンガー方程式(\ref{time-independent})式を考える利点は主に三つ。
(I)通常のシュレーディンガー方程式(\ref{Schrodinger})式に比べて扱いや、解くことが簡単。
(II)定常状態を考える上では(\ref{time-independent})式で十分。
(III)時間に依存しない(\ref{time-independent})式の解から、元のシュレディンガー方程式(\ref{Schrodinger})式の解を構成できる。
時間に依存しないシュレディンガー方程式の利点です。
一つ目の利点に関してですが、(\ref{time-independent})式は空間微分しか含んでいないため、明らかに (\ref{Schrodinger})式より解くことは簡単です。
二つ目の利点について、上のセクションで述べたように変数分離解は定常状態に対応しているのでした。 そして、世の中のほとんどの物質(結晶や分子)は基本的に安定して存在しているので、これらを扱う限りでは、(\ref{time-independent})式 だけでも十分だということです。
最後に三つ目ですが、実は、変数分離解を重ね合わせることで、もともとのシュレーディンガー方程式(\ref{Schrodinger})式の一般解を 構成できることが知られています。変数分離解は特殊な解にすぎませんでしたが、変数分離解から一般解が求められるというわけです。 この性質については後で記事を書く予定。