ポテンシャルがない(\(V(x)=0\))ときの、時間によらないシュレディンガー方程式の解 は自由粒子を表す。自由粒子は境界条件によって様々な波動関数で表されるが、 特に以下の形の波動関数は重要。 \begin{eqnarray} \label{free} \phi(x) = \frac{1}{\sqrt{2 \pi}} e^{ikx} \end{eqnarray}
前回は周期的境界条件のもとで自由粒子を考えました。今回はこの条件をさらに緩めることで、より「自由」 な粒子を考えます。その結果得られる波動関数(\ref{free})式は、これから頻繁に使うので覚えるくらいの心づもりでいましょう。
周期的境界条件\(\phi(x+L) = \phi(x)\)の下で自由粒子の波動関数は \begin{equation} \label{sol} \phi_{n}(x) \propto e^{i \frac{2 \pi n}{L} x} \hspace{10pt} ( n =0, \pm1,\pm2,\pm3,\pm4,,, ) \end{equation} の形となる。ただし、 境界条件以外に運動量固有状態であるという条件も課した。
今、\(L \to \infty\)の極限を考える。このもとで(\ref{sol})式は \begin{eqnarray} \label{proptofreep} \phi(x) \propto e^{ikx} \end{eqnarray} となる。ここに\(k\)は連続変数である。
前回、波動関数が周期的である、という境界条件\(\phi(x+L) = \phi(x)\)を課しました。 この時は、暗に有限な周期\(L\)を考えていました。 ここで、周期が無限大である極限\(L \to \infty\)を考えてみます。すると、周期的な情報はほとんどないに等しいため、 得られる結果はより「自由」な粒子だと考えられます。
\(L \to \infty\)極限は、不連続変数\(k_{n}=2 \pi n/L \hspace{10pt} ( n =0, \pm1,\pm2,\pm3,\pm4,,, )\)の差、\(k_{n+1}-k_{n}=2 \pi/L\)が \(0\)になる極限に対応し、変数\(k_{n}\)は、\(k_{n} \to k\)のように連続変数になります。
しかし、(\ref{proptofreep})式には、通常の意味での規格化が不可能という問題点があります。
周期的境界条件\(\phi(x+L) = \phi(x)\)を満たす波動関数に対しては、 規格化条件を次のように定めればよい。 \begin{equation} \label{normalisation} \int_{-\frac{L}{2}}^{\frac{L}{2}} |\phi(x)|^2 = 1 \end{equation} 実際、有限の\(L\)の場合、(\ref{sol})式の規格化はこれで上手くいく。ところが、 \(L \to \infty\)の極限下では、(\ref{proptofreep})式をこの規格化条件では規格化できない。
規格化条件として(\ref{normalisation})式を採用すると上手くいかないことは、次のように確認できます。 まず、規格化前の状態を\(\tilde{\phi}(x) = e^{ikx}\)とおいて計算すると\(|\tilde{\phi}(x)|^2=1\)なので、 \begin{equation} \lim_{L \to \infty} \int_{-\frac{L}{2}}^{\frac{L}{2}} |\tilde{\phi}(x)|^2 = \lim_{L \to \infty}L \to \infty \end{equation} のように積分が発散します。これは、規格化が不可能であることを表します。なぜなら有限の規格化定数では 発散する右辺を1にすることができないからです。
また、\(L\)が有限の時に規格化しておいた波動関数 \begin{eqnarray} \phi_{n}(x) = \frac{1}{\sqrt{L}} e^{i \frac{2 \pi n}{L} x} \end{eqnarray} は、極限\(L \to 0\)で\(\phi_{n}(x) \to 0\)に帰着されてしまいます。 このため、規格化条件として(\ref{normalisation})式 を採用すると、\(\tilde{\phi}(x) = e^{ikx}\)を規格化することはできません。
規格化できない\(\tilde{\phi}(x) = e^{ikx}\)をどう扱うかですが、今回は特別に以下の処方箋 を用いることにします。
規格化前の自由粒子\(\tilde{\phi}_{k}(x) = e^{ikx}\)の規格化を、特別に次で定める。 \begin{equation} \label{normalisation2} \int_{-\infty}^{\infty} \phi_{k}^{*}(x)\phi_{k'}(x) dx = \delta(k-k') \end{equation} ただし、右辺はデルタ関数。
通常の意味の規格化(\ref{normalisation})式ができないので、\(\tilde{\phi}_{k}(x) = e^{ikx}\)は、 (\ref{normalisation})式を拡張した(\ref{normalisation2})式で行います。この規格化をデルタ関数による規格化といいます。 以下では、(\ref{normalisation2})式が、極限\(L \to \infty\)において(\ref{normalisation})式の自然な拡張であることを 示します。
極限\(L \to \infty\)を取る前の波動関数\(\phi_{n}(x) = e^{i \frac{2 \pi n}{L} x}/\sqrt{L}\)は、 \begin{eqnarray} &&\int_{-\frac{L}{2}}^{\frac{L}{2}} \phi_{n}^{*}(x)\phi_{m}(x) dx \nonumber \\ &=&\int_{-\frac{L}{2}}^{\frac{L}{2}} \frac{1}{\sqrt{L}} e^{i \frac{2 \pi n}{L} x} \frac{1}{\sqrt{L}} e^{i \frac{2 \pi m}{L} x} dx \nonumber \\ \label{orthogonal} &=& \delta_{n,m} \end{eqnarray} を満たす(ただし、\(\delta_{n,m}\)はクロネッカーのデルタ)。この等式は\(n=m\)の場合に規格化条件 \begin{equation} \int_{-\frac{L}{2}}^{\frac{L}{2}} |\phi_{n}(x)|^2 = 1 \end{equation} に帰着されるから、この、\(\phi_{n}(x) = e^{i \frac{2 \pi n}{L} x}/\sqrt{L}\)が持つ性質(\ref{orthogonal})式は、 規格化条件(\ref{normalisation})式の一般化になっている。そこで、後者の代わりに、 前者、即ち(\ref{orthogonal})式の\(L \to \infty\)極限を考える。
さて、(\ref{orthogonal})式は\(\Delta k = \frac{2 \pi}{L}\)と置くと次のように指数の部分を綺麗に書き直せる。 \begin{eqnarray} \label{orthogonal2} \frac{\Delta k}{2 \pi}\int_{-\frac{\pi}{\Delta k}}^{\frac{\pi}{\Delta k}} e^{i \Delta k \ n x} e^{i \Delta k \ m x} dx = \delta_{n,m} \end{eqnarray} 前回説明したように、\(\phi_{n}(x) = e^{i \frac{2 \pi n}{L} x}/\sqrt{L}\) の運動量、及び波数は以下のように与えられるから、 \begin{eqnarray} p_{n}&=&\hbar k_{n} \\ \label{disk} k_{n} &=& \frac{2 \pi n}{L} \hspace{10pt} ( n =0, \pm1,\pm2,\pm3,\pm4,,, ) \end{eqnarray} ここで導入した\(\Delta k = \frac{2 \pi}{L}\)は、\(n\)番目の波数\(k_{n}\)と\(n+1\)番目の波数\(k_{n+1}\) の差\(k_{n+1}-k_{n}=\Delta k\)である。
さて、今考えているのは極限\(L \to \infty\)であったが、これは\(\Delta k\) で表すと\(\Delta k \to 0\)を意味する。この極限を取ることで、波数は\(k_{n} \to k, k_{m} \to k'\)のように 値が連続的になる。また、それに伴って右辺のクロネッカーデルタも \begin{eqnarray} \frac{1}{\Delta k}\delta_{n,m} \to \delta(k-k') \end{eqnarray} のようにデルタ関数に帰着される。
以上より、(\ref{orthogonal2})式で\(\Delta k \to 0\)を取ると \begin{equation} \int_{-\infty}^{\infty} \phi_{k}^{*}(x)\phi_{k'}(x) dx = \delta(k-k') \end{equation} に帰着される。これは正に(\ref{normalisation2})式に他ならない。
このように、(\ref{normalisation2})式は、極限\(L \to \infty\)において(\ref{normalisation})式の自然な拡張 として導入できることが分かりました。この通常の規格化とは異なる、デルタ関数による規格化条件を課すことで、 自由粒子の波動関数が \begin{eqnarray} \phi(x) = \frac{1}{\sqrt{2 \pi}} e^{ikx} \tag{\ref{free}} \end{eqnarray} で与えられることが分かります。今回だけ特別な規格化条件を導入した 理由は、後ほど運動量空間と不確定性原理のセクションで説明します。
自由粒子の波動関数\(\phi_{k'}(x)\)の確率密度は\(x\)によらない定数 \begin{eqnarray} \rho(x) = |\phi_{k'}(x)|^2 = \frac{1}{\sqrt{2 \pi}} \end{eqnarray} である。これは自由粒子の見つかる確率が、場所によらないことを表す。
自由粒子の波動関数\(\phi_{k'}(x)\)の持つ性質の一つです。波束とは異なり、 平面波\(e^{ikx}\)には局在の概念がなく、どこでも同じような確率で粒子が観測されます。
自由粒子の波動関数\(\phi_{k'}(x) =\frac{1}{\sqrt{2 \pi}} e^{ik'x}\)をフーリエ変換したものを\(\varphi_{k'}(k)\)と置くと \begin{eqnarray} \label{momdelta} \varphi_{k'}(k) = \delta(k -k') \end{eqnarray} である。右辺は\(\varphi_{k'}(k)\)の運動量が\(p = \hbar k'\)に一意的に定まっていることを表す。
自由粒子の波動関数(\ref{free})式のフーリエ変換です。位置の固有状態が \begin{eqnarray} \phi_{x'}(x) = \delta(x -x') \end{eqnarray} であったことを思い出すと、綺麗な対応関係があることが見て取れます。
自由粒子の波動関数\(\phi_{k'}(x) =\frac{1}{\sqrt{2 \pi}} e^{ik'x}\)のフーリエ変換を考える。 \begin{equation} \varphi_{k'}(k) = \frac{1}{\sqrt{2 \pi}}\int_{-\infty}^{\infty} \phi_{k'}(x) e^{-ikx} dx \end{equation} 右辺に\(\phi_{k'}(x) =\frac{1}{\sqrt{2 \pi}} e^{ik'x}\)を代入すると、 デルタ関数のフーリエ変換の公式 \begin{equation} \label{deltaformula} \frac{1}{2 \pi}\int_{-\infty}^{\infty} e^{ik'x} e^{-ikx} dx = \delta(k-k') \end{equation} から、自由粒子の波動関数\(\phi_{k'}(x)\)のフーリエ変換が \begin{eqnarray} \varphi_{k'}(k) = \delta(k -k') \tag{\ref{momdelta}} \end{eqnarray} で与えられることが分かる。
さて、(\ref{momdelta})式右辺の物理的な意味を考えてみましょう。デルタ関数はこの記事でも述べたように \(k=k'\)のときのみ値を持ち、それ以外で\(0\)になる関数でした。
量子力学において運動量が\(p= \hbar k\)でかけることを思い出すと、 右辺のデルタ関数の状態は\(p = \hbar k'\)というある決まった運動量しか持たない状態を表していると解釈できます。 これは、前回や固有状態の説明で触れた、\(\phi(x) \propto e^{ikx} \)が運動量固有状態(運動量が一意に定まった状態) である事実を見事に反映しています。
この解釈が可能になる理由は、デルタ関数による規格化(\ref{normalisation2})式を採用したから です。実際、(\ref{normalisation2})式は(\ref{deltaformula})式そのものです。物理的な解釈が できるように、上手い規格化条件を取ってきたわけですね。