無限に深い井戸型ポテンシャル

無限に深い井戸型ポテンシャル

量子力学において以下のようなポテンシャル \begin{equation} \label{potential} V(x) = \begin{cases} \infty &(x < -a) \\ 0 &(-a < x < a)\\ \infty &(a < x) \end{cases} \end{equation} を無限に深い井戸型ポテンシャルと呼ぶ。

一定範囲でのみ\(0\)で、それ以外\(\infty\)のポテンシャルを 無限に深い井戸型ポテンシャルと呼びます。図示すると、下の図のように井戸のように見えるので このように呼ばれます。

無限に深い井戸型ポテンシャル
図1無限に深い井戸型ポテンシャル

ちなみに、(\ref{potential})式の形のポテンシャルの問題を、箱の中の自由粒子の問題とよぶことがあります。 3次元だとポテンシャルの箱に閉じ込められているように見えるため、そのような呼ばれ方をします。

また、このようなポテンシャルは、炭素間の二重結合において近似的に実現され、特に有機物の吸収可能な 光の波長に関与します。

解の導出(レベル2)

無限に深い井戸型ポテンシャルの解

時間依存しないシュレディンガー方程式 \begin{equation} \label{time-independent} \left( -\frac{\hbar^2}{2m} \frac{d^2}{d x^2}+V(x) \right) \phi (x)=E \phi (x) \end{equation} について、\(V(x)\)が無限に深い井戸型ポテンシャル(\ref{potential})式の場合の解は、 井戸の中\((-a \leq x \leq a)\)において \begin{eqnarray} \label{innersol} \phi_{n}(x) = \begin{cases} \sqrt{\frac{1}{a}} \sin \left(\frac{n \pi}{2a} x \right) &(n = 2,4,6...)\\ \sqrt{\frac{1}{a}} \cos \left(\frac{n \pi}{2a} x \right) &(n = 1,3,5...) \end{cases} \end{eqnarray} であり、井戸の外\((x \leq -a, a \leq x)\)では \begin{eqnarray} \label{outersol} \phi_{n}(x) = 0 \ \hspace{10pt} ( n = 1,2,3,4,,, ) \end{eqnarray} である。(ただし、自明な解は除いた。) さらに、それぞれの状態が持つエネルギーは \begin{eqnarray} \label{nenergy} E = \frac{\hbar^2 }{2m}\left( \frac{\pi n}{2a} \right)^2 \hspace{10pt} ( n = 1,2,3,4,,, ) \end{eqnarray} で与えられる。

無限に深い井戸型ポテンシャルの解です。井戸の外で波動関数が\(0\)になっているのは、 ポテンシャルが無限大で粒子が存在できないためだと理解できます。なぜ、井戸の中の波動関数や、エネルギーに番号が振られているのかは 導出の中で解説します。

導出

方針としては、井戸の外と中を両方同時に扱うのは難しいので、外と中で問題を 分割して考えます。その後、それぞれで得られた解をつなげて答えを得ます。

まず、井戸の外はポテンシャルが無限大なので、粒子の存在確率は\(0\)である。 つまり、井戸の外の解\(\phi_{out}(x)\)は \begin{eqnarray} \label{outsol} \phi_{out}(x) = 0 \hspace{10pt} (x \leq -a, a \leq x) \end{eqnarray} とわかる。つづいて井戸の中について考える。井戸の中ではポテンシャルは\(0\)なので シュレーディンガー方程式は \begin{equation} \label{innerwell} \left( -\frac{\hbar^2}{2m} \frac{d^2}{d x^2} \right) \phi (x)=E \phi (x) \hspace{10pt} (-a < x < a) \end{equation} で表せる。今、 \begin{equation} \label{energy} E = \frac{\hbar^2 k^2}{2m} \end{equation} になるように変数\(k\)を定義する。すなわち \(k:=\sqrt{2mE}/\hbar\)である。すると、(\ref{innerwell})式は \begin{equation} \label{oscillator} \frac{d^2}{d x^2} \phi (x)=-k^2 \phi (x) \hspace{10pt} (-a < x < a) \end{equation} の形に帰着でき、これは単振動の微分方程式になっている。 ゆえに、井戸の中の一般解\(\phi_{in}(x)\)は \begin{equation} \label{insol} \phi_{in}(x) = A \sin kx + B \cos kx \hspace{10pt} (-a < x < a) \end{equation} (\(A,B\)は定数)で与えられる。ただし、物理的な解を求めるには、境界条件などを課して \(A,B\)を消去する必要がある。これについては下で述べる。

ポイント:単振動の微分方程式の一般解は上のように\(\sin kx,\cos kx\)を使って書く表式と \(e^{ikx},e^{-ikx}\)を使う表式の二種類の流儀がありますが、今回の場合、\(\sin, \cos\)で 書いたほうが、後々計算が楽になります。後者の場合の計算は、後ろのほうに載せてあります。

さて、井戸の中と外の解が得られたので、最後に二つの解をつなげる必要がある。 そのためには、井戸の境界で\(\phi_{in}(x)\)と\(\phi_{out}(x)\)が一致すればよい。(境界条件)

\begin{eqnarray} \begin{cases} \phi_{in}(a) = \phi_{out}(a) \\ \phi_{in}(-a) = \phi_{out}(-a) \end{cases} \end{eqnarray}

(\ref{outsol})式、(\ref{insol})式よりこれらの境界条件は、 \begin{eqnarray} \begin{cases} A \sin ka + B \cos ka = 0 \\ A \sin k (-a) + B \cos k(-a) =0 \end{cases} \end{eqnarray} のような連立方程式で表せる。物理的な解を求めるため、これらの方程式を用いて\(A,B\)のいずれかを消去 することを考える。 今、\(\cos k (-a)=\cos k a , \sin k (-a) = -\sin k a\)だから、 この連立方程式の両辺を引くと、\(B\)が消去でき、両辺を足すと\(A\)が消去できる。 このようにして、 \begin{eqnarray} \label{bound} \begin{cases} A \sin ka = 0 \\ B \cos k a =0 \end{cases} \end{eqnarray} を得る。

ここで、上記の二式の解として、自明なものに\(A=0,B=0\)がある。 しかし、この場合は井戸の中の波動関数が\(0\)なので、井戸の外の解と併せて、すべての領域で \begin{equation} \phi(x)=0 \end{equation} を意味する。これは、粒子がそもそも存在しないことを表し、自明な解と呼ぶ。
普通、粒子が存在しない場合には興味がないので、自明な解以外の解を考える。 すると、(\ref{bound})式を満たす解として、 \begin{eqnarray} \begin{cases} A = 0 \\ k = \frac{n \pi}{2a} \hspace{10pt} (n = \pm 1,\pm 3,\pm 5...) \end{cases} \end{eqnarray} というパターンか、あるいは \begin{eqnarray} \begin{cases} k = \frac{n \pi}{2a} \hspace{10pt} (n = 0,\pm 2,\pm 4,\pm 6...) \\ B =0 \end{cases} \end{eqnarray} のパターンのいずれかしかないことに気づく。 これは、数学的には単に(\ref{bound})式の連立方程式により 未知変数\(A,B,k\)のうち、二つを消去できたことを意味する。

いずれのパターンにおいても、\(k\)が \(\frac{\pi}{2a}\)の整数倍の時にしか、解が存在しない。これは、無限に深い井戸型ポテンシャル の問題の特徴の一つである。\(k\)と\(E\)には関係式 \begin{equation} E = \frac{\hbar^2 k^2}{2m} \tag{\ref{energy}} \end{equation} が成り立つのだったから、\(k\)の条件はそのまま\(E\)の条件 に相当する。(物理的な意味について詳しくは下のセクションを見よ) すなわち、以下のように\(E\)として不連続な値のみが許される。 \begin{eqnarray} E = \frac{\hbar^2 }{2m}\left( \frac{\pi n}{2a} \right)^2 \hspace{10pt} ( n = 1,2,3,4,,, ) \tag{\ref{nenergy}} \end{eqnarray}

以上より、今回の問題の解には二つのパターンがあり、いずれも井戸の外\((x \leq -a, a \leq x)\)では \begin{eqnarray} \phi_{out}(x) = 0 \tag{\ref{outsol}} \end{eqnarray} のように存在確率は\(0\)だが、井戸の中\((-a \leq x \leq a)\)ではそれぞれ \begin{eqnarray} \label{sol} \phi_{in}(x) = \begin{cases} A_{n} \sin \left(\frac{n \pi}{2a} x \right) &(n = 2,4,6...)\\ B_{n} \cos \left(\frac{n \pi}{2a} x \right) &(n = 1,3,5...) \end{cases} \end{eqnarray} であると分かった。(ただし、\(A_{n},B_{n}\)は定数で、\(n\)に依存するかもしれないので 添え字の\(n\)をつけた。)
ここに、\(n=0\)のパターンについては、\(\sin 0 =0\)なので \begin{eqnarray} \phi_{in}(x) = A_{0} \sin 0 = 0 \end{eqnarray} となり、自明な解に対応するためここでは考えない。 また、\(n<0\)のパターンについては、 \begin{eqnarray} &&A_{-n} \sin \left(\frac{-n \pi}{2a} x \right) = (-A_{-n}) \sin \left(\frac{n \pi}{2a} x \right) \\ &&B_{-n} \cos \left(\frac{-n \pi}{2a} x \right) = B_{-n} \cos \left(\frac{n \pi}{2a} x \right) \end{eqnarray} より、\(A_{n}' = -A_{-n}, B_{n}'=B_{-n}\)と置くと、\(n>0\)のパターンに含むことができるため、 上の(\ref{sol})式では無視した。

それぞれのパターンにおいて、最後に残った定数は規格化条件 \begin{eqnarray} \label{normal} \int^{\infty}_{-\infty} |\phi (x)|^2 dx = 1 \end{eqnarray} を用いて消去することができる。今、井戸の外では\(\phi(x)=0 \hspace{10pt} (x \leq -a, a \leq x) \) だったので、上記の積分は、 \begin{eqnarray} \int^{a}_{-a} |\phi_{in} (x)|^2 dx = 1 \end{eqnarray} のように、積分範囲を井戸の中だけに限定してよい。あとは、それぞれの パターンにおいて、代入して計算すればよい。 \begin{eqnarray} |A_{n}|^2 \int^{\infty}_{-\infty} |\cos \left(\frac{n \pi}{2a} x \right)|^2 dx = 1 \ &(n = 2,4,6...)\\ |B_{n}|^2 \int^{\infty}_{-\infty} |\sin \left(\frac{n \pi}{2a} x \right)|^2 dx = 1 \ &(n = 1,3,5...) \end{eqnarray} これらの積分は\(n\)によらずに同じ結果 \begin{eqnarray} |A_{n}|^2 = \frac{1}{a} \\ |B_{n}|^2 = \frac{1}{a} \end{eqnarray} を与える。以上よりこの問題の解が、井戸の中\((-a \leq x \leq a)\)において \begin{eqnarray} \phi_{n}(x) = \begin{cases} \sqrt{\frac{1}{a}} \sin \left(\frac{n \pi}{2a} x \right) &(n = 2,4,6...)\\ \sqrt{\frac{1}{a}} \cos \left(\frac{n \pi}{2a} x \right) &(n = 1,3,5...) \end{cases} \tag{\ref{innersol}} \end{eqnarray} であって 井戸の外\((x \leq -a, a \leq x)\)では \begin{eqnarray} \phi_{n}(x) = 0 \ \hspace{10pt} ( \mathrm{for \ all} \ n )\tag{\ref{outersol}} \end{eqnarray} となっていることが確認できた。

それぞれの状態は上で述べたように、番号\(n\)に対応したエネルギー \begin{eqnarray} E = \frac{\hbar^2 }{2m}\left( \frac{\pi n}{2a} \right)^2 \hspace{10pt} ( n = 1,2,3,4,,, ) \tag{\ref{nenergy}} \end{eqnarray} を持つ。

上記の導出では、(\ref{oscillator})式の一般解を \begin{equation} \phi_{in}(x) = A \sin kx + B \cos kx \hspace{10pt} (-a < x < a) \tag{\ref{insol}} \end{equation} と書きましたが、(\ref{oscillator})式の一般解一般解は \begin{equation} \label{insol2} \phi_{in}(x) = A e^{ikx} + B e^{-ikx} \hspace{10pt} (-a < x < a) \end{equation} のようにも表すこともできます。あえて前者の表示を使った理由は、計算が簡単になるからです。

後者の表式を使っても、 同じ解を得ることができますが、計算を工夫しないと悪戯に計算量が増えてしまいます。 計算量を減らすためには、「連立方程式が解を持つ条件」を使うとよいです。

連立方程式が解を持つ条件

連立方程式 \begin{equation} \begin{pmatrix} a & b \\ c& d \end{pmatrix} \left (\begin{array}{c} A \\ B \end{array} \right) = \left (\begin{array}{c} 0 \\ 0 \end{array} \right) \end{equation} が(\(A=B=0\)以外の)解を持つ条件は、以下の通り。 \begin{equation} \det \begin{pmatrix} a & b \\ c& d \end{pmatrix} =0 \end{equation}

導出(別解)

以下、 \begin{equation} \label{altmethod} \phi_{in}(x) = A e^{ikx} + B e^{-ikx} \hspace{10pt} (-a < x < a) \end{equation} の一般解を使って同じ結果を得ることを確認します。

境界条件 \begin{eqnarray} \begin{cases} \phi_{in}(a) = \phi_{out}(a) \\ \phi_{in}(-a) = \phi_{out}(-a) \end{cases} \end{eqnarray} は、今回の場合 \begin{eqnarray} \begin{cases} A e^{ika} + B e^{-ika} = 0 \\ A e^{-ika} + B e^{ika} = 0 \end{cases} \end{eqnarray} と書き下せる。行列を用いてこの連立方程式を書き換えよう。 \begin{equation} \begin{pmatrix} e^{ika} & e^{-ika} \\ e^{ika}& e^{ika} \end{pmatrix} \left (\begin{array}{c} A \\ B \end{array} \right) = \left (\begin{array}{c} 0 \\ 0 \end{array} \right) \end{equation} さて、今回興味があるのは\(A=B=0\)以外の解であった。なぜなら、 \(A=B=0\)は、上で述べたように、 \begin{equation} \phi(x)=0 \end{equation} を意味し、粒子が存在しない状況を表す自明な解であるからである。

すると、連立方程式が(\(A=B=0\)以外の)解を持つ条件から \begin{equation} \det \begin{pmatrix} e^{ika} & e^{-ika} \\ e^{-ika} & e^{ika} \end{pmatrix} =0 \end{equation} を得る。これを解けば \begin{equation} \label{detsol} e^{2ika} = e^{-2ika} \end{equation} が分かる。以下、\(k=0\)と\(k \neq 0\)で状況が異なるため、それぞれで場合わけする必要がある。

(ii)\(k=0\)の場合

明らかに、\(k=0\)は(\ref{detsol})式を満たす。しかし、結論から言うと この場合の解は自明な解に相当する。

まず、\(\phi_{in}(x) = A e^{ikx} + B e^{-ikx}\)に\(k=0\)を代入しよう。すると、 \begin{equation} \phi_{in} = A+B \end{equation} となる。これは、井戸の中の波動関数が定数であることを表す。さらに、境界条件 \begin{eqnarray} \begin{cases} \phi_{in}(a) = \phi_{out}(a) \\ \phi_{in}(-a) = \phi_{out}(-a) \end{cases} \end{eqnarray} を再び用いると、井戸外では波動関数が\(0\)だったから、 \begin{equation} \phi_{in} = A+B = 0 \end{equation} である。これは井戸の中でも外でも波動関数が\(0\)になる状況を表し、 冒頭でも述べた結論通り、(興味のない)自明な解である。

(i)\(k\neq0\)の場合

条件式 \begin{equation} e^{2ika} = e^{-2ika} \tag{\ref{detsol}} \end{equation} は変形すると、 \begin{equation} \sin 2ka = 0 \end{equation} に帰着される。これは、\(k \neq 0\)に対し、 \begin{eqnarray} k = \frac{n \pi}{2a} \hspace{10pt} (n = \pm 1,\pm 2,\pm 3...) \\ \end{eqnarray} の制限を与える。 以下、 \(n =偶数\)と\(n=奇数\)で状況が異なるため、再び場合わけする必要がある。 また、\(n\)依存性をあらわにするために、\(k=k_{n}\)と表記する。

(a)\(n=偶数\)の場合

\(x=k_{n}a\)の時のオイラーの等式 \begin{eqnarray} &&e^{ik_{n}a}=\cos k_{n}a + i\sin k_{n}a \\ &&e^{-ik_{n}a} = \cos k_{n}a - i\sin k_{n}a \end{eqnarray} は\(n=偶数\)の場合、 \begin{eqnarray} &&e^{ik_{n}a}=\cos k_{n}a \\ &&e^{-ik_{n}a} = \cos k_{n}a \end{eqnarray} となるから、境界条件の式 \begin{eqnarray} \begin{cases} A e^{ika} + B e^{-ika} = 0 \\ A e^{-ika} + B e^{ika} = 0 \end{cases} \end{eqnarray} も、以下の形に帰着される。 \begin{eqnarray} \begin{cases} (A+B) \cos k_{n}a = 0 \\ (A+B) \cos k_{n}a = 0 \end{cases} \end{eqnarray} \(\cos k_{n}a \neq 0\)なので、この等式は\(A+B=0\)でなければ成り立たない。ゆえに \(A=-B\)を最初に置いた(\ref{altmethod})式に代入することで、\(n=偶数\)の場合、波動関数は \begin{equation} \phi_{in}(x) = \tilde{A} \sin k_{n} x \hspace{10pt} (-a < x < a) \end{equation} で与られることがわかる。ただし、\(\tilde{A} = (A-B)/2i\)と置いた。

(b)\(n=奇数\)の場合

\(n=偶数\)の場合と全く同様に、等式 \begin{eqnarray} &&e^{ik_{n}a}=i \sin k_{n}a \\ &&e^{-ik_{n}a} = - i\sin k_{n}a \end{eqnarray} が成り立つから、境界条件の式は \begin{eqnarray} \begin{cases} (A-B) \sin k_{n}a = 0 \\ (A-B) \sin k_{n}a = 0 \end{cases} \end{eqnarray} に帰着される。\(\sin k_{n}a \neq 0\)なので、この等式は\(A-B=0\)でなければ成り立たない。 ゆえに(\ref{altmethod})式に\(A=B\)を代入することで、 \(n=奇数\)の場合、波動関数は \begin{equation} \phi_{in}(x) = \tilde{B} \cos k_{n} x \hspace{10pt} (-a < x < a) \end{equation} で与られることがわかった。ただし、\(\tilde{B} = (A+B)/2\)と置いた。

後は規格化をすれば完了だが、その計算は上の解法と同様であるため割愛する。

エネルギーの量子化と基底状態(レベル2)

導出のセクションでは数学的に解を導きましたが、解の物理的意味を考察してみると、量子力学特有の 性質がいくつか見えてきます。ここでは特に重要な性質についてコメントしていきます。

エネルギーの量子化

(\ref{time-independent})式の解は番号\(n\)でラベルされ、\(n\)に対応したエネルギー \begin{eqnarray} E_{n} = \frac{\hbar^2 }{2m}\left( \frac{\pi n}{2a} \right)^2 \hspace{10pt} ( n = 1,2,3,4,,, ) \tag{\ref{nenergy}} \end{eqnarray} を持つ。これは、エネルギーが連続ではなく、飛び飛びの不連続な値しか許されていないことを 表し、エネルギーの量子化と呼ばれる。

(\ref{time-independent})式の特徴として、エネルギー\(E\)の取りうる値が整数\(n\)でラベル付けされ、 不連続になっていることが挙げられます。古典論ではエネルギーは連続的に変化するものでしたが、 量子論ではそうはなっていません。この現象をエネルギーの量子化と呼びます。

参考:光電効果で、一定以上の振動数(つまりえエネルギー)を持つ光子を充てなければ電子が出てこない のは、物質中の電子のエネルギーが連続値になっていないからです。 不連続なエネルギーの変化には、その間のギャップを埋める程度の強いエネルギーを必要とし、弱いエネルギーの光では ギャップを埋められないため、光電効果は起きない、というわけです。

基底状態と零点エネルギー

(\ref{nenergy})式から求められる最低のエネルギーは\(n=1\)の時の エネルギー \begin{eqnarray} E_{1} = \frac{\hbar^2 }{2m}\left( \frac{\pi n}{2a} \right)^2 \end{eqnarray} である。このエネルギーを零点エネルギーと呼ぶ。 また、この最低エネルギーをもつ状態、つまり(\ref{innersol})式で\(n=1\)の 場合の波動関数 \begin{eqnarray} \label{ground} \phi_{1}(x) = \sqrt{\frac{1}{a}} \cos \left(\frac{\pi}{2a} x \right) \end{eqnarray} を基底状態と呼ぶ。

さて、もう一つの顕著な特徴として、最低のエネルギーが\(0\)ではないことが挙げられます。 \begin{eqnarray} \label{zeroenergy} E_{1} = \frac{\hbar^2 }{2m}\left( \frac{\pi }{2a} \right)^2 \end{eqnarray}

古典的に考えると、井戸の底でに静止した質点はエネルギーが\(0\)になるはずです。 一方、一般に量子論では最低のエネルギーが\(0\)にはなりません。

その原因は運動量について量子ゆらぎが発生しているためと解釈できます。 つまり、井戸の中の量子状態は厳密に静止 (運動量が一意に\(0\)の状態に)できないので、例え基底状態でも、ゆらぎに対応する運動エネルギーが残ってしまう というわけです。

ここまで古典論との違いを強調してきましたが、これらの特徴は、マクロな物理 を考える際には効いてきません。実際、零点エネルギーは\(\hbar\)の値はとても小さい(\(h \sim 6.6 \times 10^{-34}[J s]\))ため、 日常生活のスケールでは \begin{eqnarray} E_{1} = \frac{\hbar^2 }{2m}\left( \frac{\pi }{2a} \right)^2 \simeq 0 \end{eqnarray} のように古典論と同じ\(0\)に近似でき、不連続なエネルギーの差分も \begin{eqnarray} E_{n+1}-E_{n} = \frac{\hbar^2 (2n+1)}{2m}\left( \frac{\pi}{2a} \right)^2 \simeq 0 \end{eqnarray} のように不連続性は埋もれてしまって、実質的に連続値をとるようになります。

位置と運動量(レベル2)

上のセクションでは状態のエネルギーについて述べましたが、位置と運動量についても 少しコメントしておきます。

位置の期待値

(\ref{time-independent})式の解(\ref{innersol})(\ref{outersol})式 の位置の期待値は\(n\)によらずすべて\(0\) \begin{equation} \label{average} \langle x \rangle = \int^{\infty}_{-\infty} x |\phi_{n} (x)|^2 dx = 0 \end{equation} ただし、この事実は必ずしも\(x\simeq0\)で粒子が見つかりやすいことを意味しない。

(\ref{time-independent})式の解(\ref{innersol})(\ref{outersol})式における位置の期待値です。なぜ\(\langle x \rangle =0\)なのか というと、被積分関数\(x |\phi_{n} (x)|^2\)がどの\(n\)に対しても奇関数になっているからです。

期待値は何度も測定を繰り返した時の 平均値のことなので、必ずしも井戸の中心\((x=0)\)で粒子がよく見つかるとは限りません、実際、 \(n=2\)の場合の波動関数 \begin{equation} \phi_{n=2}(x) = \sqrt{\frac{1}{a}} \sin \left(\frac{\pi}{a} x \right) \end{equation} は\(x=0\)で波動関数が\(0\)になっているため、井戸の中心\((x=0)\)で見つかる確率は\(0\)です。 しかし、井戸の左側\((x<0)\)と右側\((x>0)\)で見つかる確率がそれぞれ等しいため、平均すると、期待値が\(x=0\)に なっています。

実は、(\ref{innersol})(\ref{outersol})式は、運動量の期待値も\(0\)になります。 その理由を説明する前に、以下の事実について述べておきます。

固有状態

(\ref{time-independent})式の解はエネルギー固有状態ではあるが、 運動量固有状態ではない。

前の記事で述べたように、(\ref{time-independent})式の解は エネルギー固有状態(エネルギーが一意に決まっている状態)になっています。ところが、 運動量の固有状態にはなっておらず、測定の度に運動量の値がばらついてしまいます。

具体例(基底状態の運動量)

基底状態\(\phi_{1}(x)\)の運動量を考える。基底状態の波動関数は(\ref{innersol})式で\(n=1\)の場合 であって、基底エネルギーと並べて表記すると以下の通り。 \begin{eqnarray} &&\phi_{n=1}(x) = \sqrt{\frac{1}{a}} \cos \left(\frac{\pi}{2a} x \right) \label{\ref{ground}} \\ &&E_{1} = \frac{\hbar^2 }{2m}\left( \frac{\pi }{2a} \right)^2 \tag{\ref{zeroenergy}} \end{eqnarray} さて、基底状態の運動量\(p_{1}\)は\(E_{1} = \frac{p_{1}^2}{2m}\)を満たすから、(\ref{zeroenergy})式 から求められる\(p\)の解は、 \begin{eqnarray} p_{1} = \pm \frac{\hbar \pi}{2a} \end{eqnarray} の正負二通りである。これは、基底状態の運動量\(p_{1}\)が一意に定まらず、\(p_{1} = \frac{\hbar \pi}{2a}, -\frac{\hbar \pi}{2a}\) のいずれかの値にばらつくことを表す。

(古典論では)これまで、運動量が正と負の状態はそれぞれ別々の状態と解釈してきました。 しかし今回の問題では、一つしかないはずの基底状態について、運動量の値\(p_{1}\)が正負の二通存在し、古典論の解釈では この状況を説明できません。

一方、量子論の立場では、基底状態の運動量が\(p_{1} = \frac{\hbar \pi}{2a}, -\frac{\hbar \pi}{2a}\) の両方存在する、つまり、運動量の値が一意に決まらずに、量子ゆらぎによってばらついている のだと解釈できます。